シティチキンの物語|鶏ではないのに、なぜチキンなのか

串に刺した豚肉へパン粉を押しつけ、油の浅いフライパンへ置くと、見た目は小さな串カツに近いです。けれど米国中西部やピッツバーグ周辺では、これをシティチキン(City chicken)と呼びます。名前にチキンと入るのに、材料は鶏肉ではありません。豚肉や仔牛肉を角切りにして串に刺し、鶏の骨付き肉のような形に見せた家庭料理です。
この名前には、20世紀前半の都市部の食事情が残っています。今の感覚だと鶏肉は安い食材ですが、かつての米国では鶏が高く、豚や仔牛の端肉を串にまとめて「鶏肉風」に仕立てる方が現実的な時代がありました。移民の家庭料理、精肉店の串売り、教会の持ち寄り料理が混ざり、クリーブランド、デトロイト、ピッツバーグ、オハイオやミシガンの家庭に残ったのがシティチキンです。
日本の台所で作るときは、串カツとして考えると近づきます。ただし、シティチキンは揚げて終わりではありません。表面に焼き色をつけたあと、オーブンで中まで火を通し、肉汁と焦げを使ってグレイビーを作る。この最後の茶色いソースまで含めて、米国の家庭料理らしい皿になります。
ジャンバラヤやガンボがルイジアナの鍋料理なら、シティチキンは五大湖周辺の食卓に近い料理です。華やかなスパイス料理ではなく、スーパーで買える肉、パン粉、卵、マッシュポテトで、夕飯の皿をどっしり作る料理。そこに、この料理の良さがあります。
City chicken は mock chicken、mock drumsticks と呼ばれることもあります。ポーランド系、ウクライナ系、スロバキア系など移民家庭の食卓と結びついて語られることが多く、地域によって豚肉だけ、仔牛肉入り、グレイビーあり、トマトソースなしなど差があります。本記事では、日本で入手しやすい豚肩ロースと豚ももを使い、グレイビーで仕上げる家庭向けに寄せます。
五大湖の精肉店から夕飯の皿へ
シティチキンを面白くしているのは、名前の冗談だけではありません。角切り肉を串に刺して骨付き肉のように見せる発想には、都市で働く移民家庭の「少しよそゆきにしたい夕飯」が見えます。高価だった鶏をそのまま買うのではなく、手に入りやすい豚肉や仔牛肉を形で近づける。衣をつけ、焼き色をつけ、茶色いグレイビーをかける。皿の上では、安い端肉が日曜のメインに変わります。
この料理は、ニューオーリンズのガンボのように地域名だけで一気に香りが立つ料理ではありません。むしろ、デトロイト、クリーブランド、ピッツバーグの周辺で、精肉店、教会の持ち寄り、家庭の台所を行き来しながら残った料理です。だから形は一つに固まりません。豚だけで軽く作る家も、仔牛を混ぜてやわらかくする家も、焼いた串をグレイビーで軽く煮る家もあります。
日本で再現するときは、この自由さを雑に受け取らない方がうまくいきます。串カツの材料で作れるのに、串カツとして食べ切らないこと。ソースではなくグレイビーを作ること。キャベツの山ではなく、マッシュポテト、いんげん、コーン、ピクルスを添えること。ここを変えるだけで、同じ豚肉とパン粉でも「米国中西部の家庭料理」として着地します。
もう一つ大事なのは、肉の買い方です。薄切りやこま切れを無理に丸めると、表面積が増えて粉と卵が入り込み、中心温度も読みづらくなります。精肉店で角切りにされた肉を串にする感覚に寄せるなら、ブロック肉を2.5cm角に切るのが近道です。肩ロースだけだと脂で衣が浮きやすく、ももだけだと締まりやすいので、初回は半量ずつ混ぜる。この小さな現実的判断が、台所での失敗をかなり減らします。
地域差と食べ方|串カツではなく、グレイビーの皿にする

シティチキンは、地域や家庭でかなり違います。豚肉だけで作る家もあれば、豚肉と仔牛肉を交互に刺す家もあります。パン粉をつけて揚げるだけの家、揚げ焼き後にオーブンへ入れる家、グレイビーで短く煮る家もあります。共通しているのは、肉を串にまとめて、骨付き鶏肉のように見せることです。
日本の家庭では、串カツに寄せすぎない方が現地らしさが出ます。ソースをどっぷりかけるより、マッシュポテトとグレイビーで受ける。キャベツの千切りより、いんげん、コーン、ピクルスのような付け合わせを置く。パン粉衣の肉を、ごはんのおかずではなく、茶色いソースとじゃがいもで食べると、米国の家庭料理らしい重心になります。
同じ米国料理でも、ポーボーイはフランスパンで具を挟むニューオーリンズのサンドイッチ、レッドビーンズ・アンド・ライスは豆と米で月曜の鍋を作る料理です。シティチキンはそのどちらとも違い、精肉店で買った角切り肉を、家庭で「ごちそう風」に変える料理です。
食べ方で迷ったら、揚げ物として軽くするより、夕飯の皿としてまとめる方へ寄せます。マッシュポテトを広げ、串をのせ、グレイビーを少しかける。横に酸味のあるピクルスか、塩ゆでしたいんげんを置く。パン粉衣の香ばしさ、じゃがいものなめらかさ、グレイビーの塩気がそろうと、ソースをかけた串カツとは別の料理になります。
日本で寄せる時の分岐
| 迷う点 | 初回のおすすめ | 変えてよい範囲 |
|---|---|---|
| 肉 | 豚肩ロース300g、豚もも300g | 肩ロースだけなら柔らかい。ももだけなら軽い |
| 衣 | 薄力粉、卵、パン粉 | 細かいパン粉なら上品、粗いパン粉ならザクザク |
| 仕上げ | 揚げ焼き後に180度Cで焼く | オーブンなしなら蓋をして弱火で8分。ただし衣は少し湿る |
| ソース | ブラウングレイビー | 市販グレイビー、またはコンソメとバターで簡易版 |
| 付け合わせ | マッシュポテト、いんげん | コーン、ピクルス、ロールパンも合う |
衣がはがれる原因は、肉の水分、粉の厚さ、休ませ不足の3つです。串に刺したあと、表面が濡れている場合はキッチンペーパーで押さえます。粉は厚くつけず、卵とパン粉をつけた後に5分休ませる。この小さな待ち時間で、フライパンへ入れたときの崩れ方が変わります。
保存と温め直し|衣とグレイビーは分ける

シティチキンは揚げたてが一番ですが、余った場合はグレイビーと分けて保存します。グレイビーをかけたまま冷蔵すると、衣が戻って重くなります。皿に出す直前に温め、最後にソースをかける方が、パン粉の香ばしさが少し戻ります。
| 保存するもの | 期間 | 温め直し |
|---|---|---|
| シティチキン本体 | 冷蔵2日 | トースターまたはオーブン160度Cで8分 |
| 冷凍した本体 | 3週間 | 冷蔵解凍後、160度Cで10分 |
| グレイビー | 冷蔵2日 | 小鍋で弱火。固ければ水を大さじ1ずつ足す |
| マッシュポテト | 冷蔵2日 | 電子レンジで温め、牛乳少量でのばす |
弁当に入れる場合は、朝にしっかり再加熱し、完全に冷ましてから詰めます。グレイビーは別容器にしてください。常温で長く持ち歩く料理ではないので、夏場は保冷剤を使い、昼までに食べ切る前提にします。
よくある質問
鶏肉で作ってもいいですか?
作れますが、料理名の面白さは少し薄れます。シティチキンは「鶏ではない肉を鶏風に見せる」料理なので、豚肉や仔牛肉の方が文脈に合います。鶏肉で作るなら、鶏むね肉を角切りにして同じ工程で作り、中心温度74度C以上を目安にしてください。
オーブンなしで作れますか?
作れます。フライパンで焼き色をつけた後、油を軽く拭き、ふたをして弱火で8分から10分蒸し焼きにします。ただし、衣の底が少し湿ります。最後にふたを外して1分焼くと、いくらか戻ります。
豚こま肉で作れますか?
おすすめしません。豚こま肉は形が不揃いで、串に刺すとほどけやすく、中心温度も読みづらくなります。薄切り肉しかない場合は、串に巻きつける別料理として作り、シティチキンとは分けて考える方が安全です。
肩ロースだけで作ると重くなりますか?
肩ロースだけでも作れます。脂が多い部位は衣の内側に肉汁と脂がたまり、底が少し重くなることがあります。初回は肩ロースとももを半量ずつにすると、ジューシーさと形の締まりが両立します。肩ロースだけで作る場合は、白い脂身だけの大きな部分を外し、揚げ焼き後に網にのせて余分な油を落としてからオーブンに入れてください。
グレイビーを作らずソースで食べてもいいですか?
食べられます。ただ、現地の家庭料理らしさを出すなら、簡単でもグレイビーを作る方が合います。肉を焼いたあとの焦げ、バター、粉、ブロスだけで十分です。ソースで食べる場合は、日本の串カツにかなり近くなります。
パン粉は日本の生パン粉でいいですか?
使えます。生パン粉はザクザクしておいしい反面、油を吸いやすいです。軽く仕上げたい場合は乾燥パン粉を手で少し砕くか、粗いパン粉と細かいパン粉を半々にしてください。














